そのあと

小説

「僕」は自信がある。人生において「絶対」なんてものは無いのだから自分ぐらいは信じてやれよと思うと同時に、自信を無くす理由がない。何かうまくいかないとすべて努力不足に起因させるので、「僕」はダメだと思う直後に努力次第でどうにでもなるという感覚になる。そんな「僕」はいつも元気に見えるのでうらやましいと思う人も多く、よく「なんでそんなに自信があるんですか?」と聞かれ、「私は自信がないんですよー」と相談を受ける。そんな時に「僕」自身にするように「努力不足じゃない?」と言い放つことは心苦しい。一通り話を聞いた後、「僕は無くす理由がない自信なら持つようにしている」とか「自分の好きなところ探す」というようなアドバイスをしている。ただ「そんなのできたらやっているのだが」というように思われてしまうことも少なくないように感じている。

そこでこんなこと「自信が無いという相談を受けるけどもっと良い返答や意見ができるようになりたい」という相談できる人たちや僕が尊敬している人たちと話をしてみた。

「自信を持てない」という相談を受ける時に自信がない「僕」

登場人物

「僕」

東大哲学科卒業。インド現地採用として勤務。年収三百万円の三十歳。大学の夏休みに世界中を旅行したことがある。就活で大手企業から内定を十個取ったが一度すべて辞退し、その後世界一周。帰国後に再度、以前内定をもらっていた会社の仲良くなっていた人事の人と話しができ、例外的に新卒採用にて採用してもらったが三か月で退職。その後六ヶ月間の放浪期間を経て日本のサービス業へ就職した。三年目にマネージャーへの昇進を打診されたが断って退職。その後インドのサービス業の会社へ年収を二百万円下げて就職し、営業マネージャーとして仕事をしている。一浪、一留年、一放浪経験者。現在社会人六年目。転職経験三回。今はコロナの影響で帰宅し、東京の荻窪の家に住んでいる。

「はるさん」

飲み屋「なお」のママ。東京荻窪にある二階建ての飲み屋のオーナー。年齢不詳だが恐らく六十歳ぐらいか。どうも過去にメキシコで貿易の仕事をしていたことがあるらしい。得体はしれないがとにかく物知りで面倒見がいい。今も複数社、会社を経営しているらしいが「僕」にとってはただの飲み屋のママ。店には一階カウンター席が五つと二階にいかにも文豪が使っていたかのようなテーブルとイスが通りを見渡せる窓の横に置いてある。この二階の席は誰もいないことが多く、「僕」はよくオリオンビールを頼んで本を読んでいる。ママのパクチーチャーハンは絶品。ママは店の営業時間にお酒を飲むことはほとんどなく、「主義」がたくさんありそうな人。見た目は沖縄出身のバックパッカー。

「なつちゃん」

会社の後輩女子。インド就職をするようには思えないキラキラ系の見た目をした女子。「僕」は彼女の入社試験にて面接を担当したが、その時の考えの深さや覚悟に惹かれ、採用した。今二年目に入ったばかりで仕事の出来はそこそこ。ものすごく顔が広くて友達が多そうなイメージだが実はあまり人懐っこくなく、インドで日本人の友達は少なく、同じ会社の僕と飲みに行きたがる。仕事の付き合いでの飲み会における日本人駐在員からのセクハラ発言に辟易としている。

「あき」(おねぇ)

「僕」の実の姉。日本女子大学卒業後にメガバンクの事務職として就職。いわゆる丸の内女子で同僚の総合職の先輩と付き合っている。昔インドに旅行していたことがあり、弟のインド就職を勧めた張本人。最近はマインドフルネスとヨガにはまり、ほかの人へも広めている。大学時代にサークルでのいじめにあって鬱を経験しており、一年後に回復。それ以後心の病を未然に防ぐ方法を日本社会に伝播したいと心に秘めている。

「ふゆさん」

インド人の旦那さんを持つ日本人女性。インドには三十年住んでおり、どこかみんなのお母さん的存在。お母さん的とはいえその活力と好奇心は十二歳の少女のようで、何にでも興味を示し、想ってからやるまでのハードルが地面に埋まってしまっているタイプ。よく考えずに動いて失敗したわーというエピソードをいろいろと聞かせてくれる姉さん。ソーシャルメディアを駆使しているが、インドの田舎で暮らしており、なかなか動画がアップロードできないことが悩み。

はるさんのアドバイス

荻窪の飲み屋「なお」にて三杯ほどいつものようにオリオンビールを飲んだ。客はいつも通り僕以外誰もいない。コロナのせいで表には人通りも少ない。

僕:はるさん、ちょっと相談なんですけど

はるさん:どうしたの急に?奥さんに逃げられたの?

僕:なにいってんすか(笑)

このやりとりはもう七回目。

僕:いやちょっと最近、なんでそんなに自信持っているんですか?どうやったらもてるんですかね?と相談うけるんすよ

はるさん:うんうん。分かるよ。あんた自信持ってそうに見えるもん。三十のくせに落ち着いてるし

僕:そうなんですかね~。そんな時なかなか相手がすっと納得して受け入れるような答えというか、いくつかの引き出しが欲しいんすよ

はるさん:なるほどねー。あんたまたモテる男になっちゃうよそんなんじゃ

僕:まぁ僕はモテますからね

はるさん:(笑)その言葉がどうも本当っぽいし嫌みに聞こえないのがまたうらやましく見えるんだろうね

僕:そうですかね~

僕はめんどくさいやりとりには決まってこの「そうですかね~」「そうなんですかね~」を使う癖がある。

はるさん:あんた前野さんって知ってる?

僕:どこの前野さんですか?

はるさん:自信を持ちたい人って究極的には幸せに生きたい人だと思うんだよね

はるさんはいつも突然持論を長々と話す。僕はこういった話を聞くのが好きでこの飲み屋に来ているところもある。

僕:はい

はるさん:前野さん慶應で幸せに関して研究してる方でね。あ、いまリンク送るよ

僕:ありがとうございます

リンクが送られてくる。

ライフネット生命、公式noteを始めました。|ライフネット生命保険株式会社
はじめまして、ライフネット生命の公式note編集部です。 この度、ライフネット生命の公式noteを立ち上げました! 初投稿の今回はまず、皆さまにライフネット生命の自己紹介とnoteを始めた理由や思いについてお話しさせてください。 「ライフネット生命♪」のCMでおなじみの、生命保険会社 ライフネット生命は200...

はるさん:幸せってふわっとしたことに思えるけど、前野さんは幸せを定義してその原因を四つに大きく大別してるんだよね。で、その四つをまず見て、その中でどれがどうなのかって自分にあてはめてみるの。それでね、そのどれを伸ばそうかって考えるといいのよ

僕:社会的にすごく良い研究されているんですね

はるさん:そうね。こういう分かりやすさが悩んでいる人には特に良いのかもなと思うよ。私も辛かった時に出会った人なんよね

はるさんはたまにどこの方言とも分からない語尾を使う。

僕:直接お会いされたことあるんですね。ありがとうございます。権威もある方ですしボーダレスジャパンの方ともお話しされている方なんですね。見てみます。たしかに分かりやすく、シンプルであることって大切ですよね

そう言っていつも通り二十三時きっかりに店を出て徒歩二分の我が家へ帰って風呂も入らず歯磨きだけして服を脱ぎ散らかして寝た。

次の日目を覚ますとリンクとメッセージが来ていた。悩んでいる人がいたら送ってあげてーとのことだ。どこまでもいい人だ。

あきの元気

次の日いつも通りに丸ノ内線に揺られて国会議事堂前にあるオフィスで仕事をし、いくつか営業周りをして帰宅した。久しぶりに「おねぇ」と呼んでいる実の姉、「あき」が家に遊びに来ていた。もちろん事前に連絡は来ており、実は営業中に鍵を渡していた。おねぇは定時ぴったりにオフィスを出ることに誇りを持っているので僕より早い帰宅だった。

おねぇはいわゆる丸の内勤務の女性で見た目もキラキラしていて何となく違う世界のひとっぽさがあるのだが、実は悩みに悩んでいる人であり、僕がインド就職に至ったのもおねぇの何気ない一言「インドどう?」だった。世間的にはぶっ飛んでいる発想をする人だ。

僕:もうご飯食べたの?

姉弟の会話は大人になるとだんだんとよそよそしくなるが、いまでもとても仲が良い。

おねぇ:まだだよ

僕:どこか食べに行く?

おねぇ:いや、今日は何か買ってきて家で食べよ

これは珍しい。おねぇはとてもアクティブでとにかく知らない店を開拓していく切込隊長で、決まって調べもせずに店構えだけで適当に店を決め、だいたいの店員さんと仲良くなり、隣の席のおっちゃんとすぐ仲良くなる人だ。

僕:いいよ。コンビニ行こうか

おねぇ:うん

二人はファミマでたらこスパゲッティと牛丼とビールとチューハイを買った。ビールは決まってアサヒだし、チューハイは決まって緑茶ハイ。

僕:おつかれ

おねぇ:おつかれぇ~

ビールを飲む。

おねぇ:仕事どう?

僕:うん。今はコロナでインドに戻れなくて進めにくいことが多発するけどなんとかやってるよ

おねぇ:そうだよね。大変だよね。私は出勤も普通になって意外と何もかも普通って感じ

僕:みんな出勤してんの?

おねぇ:いや。日替わりで前と左右の席の人はいないよ

僕:そうなんだ

僕は正直全く興味ないという様子だがコミュニケーション能力を駆使してそんな素振りを見せない。いつの間にか親族にすら使ってしまっている能力だ。

おねぇ:まぁつまんなくてね。最近友達と起業しようって話ししてて、ちょっと話聞いて欲しいんだよね

僕:おお!なにやんの?

おねぇ:企業向けマインドフルネス研修!グーグルとかでやってるような

僕:いいじゃん。なんだろ。カウンセラーって企業に置いたりするけど、そもそもカウンセラーの方を必要とする前の生産性向上のためのメンタルケアってあまり広まってないけどグーグルとかでやってますってのは広めやすそう。怪しくないし

おねぇ:うわ。そんなとこまで一瞬で言われると言うことなくなるわ

おねぇはビール二缶目を取りに冷蔵庫へ。

僕:なんか十年前ぐらいに日本で初めてマインドフルネス導入しますみたいな人のセミナー行ったことあったんだよね。そういえば全然広まらないなー

おねぇ:やっぱり「必要」ないって思われてるし効果が見えないことにはあんまり金使わないじゃん。企業って。ただ、グーグルとかで効果出てますって情報整理していけば全然いけると思うんだよなー

僕:そうかもね。もともと逆輸入的なものだから本来は受け入れやすいんだろうしなー

おねぇ:ね!禅とか瞑想とかって中国とか日本ではわりと広まってたんだけどいつからか怪しさがつきまとっていったんだよね。それを無くすのもマインドフルネスって新しい言葉がいいかなと思って

新しいのか?という疑問は飲み込んだ。

僕:いいんじゃないかな。とりあえずそれを研修できるコーチ(?)みたいな人は?

おねぇ:実は友達がすでに一社企業向けにやってるみたいで。まだ個人事業主なんだけど、これを大きくしたくてうちに連絡きたんよ

また良くわからない語尾を使う。言葉を適当に使う人はあまり好きではないのだが。

僕:そっかー。いいね。週末起業的なノリで初めてみたら?なんかずっと他人のためにそういうことやりたいって言ってたしね

おねぇ:うん。ありがとう。また初めたら相談するかも!

僕:いつでも

僕は家族が前向きに生きている感じはとても嬉しいなと感じながら少し恥ずかしさも感じるがとにかく頑張って欲しいと思った。

おねぇ:昔自殺の研究してたじゃん?実はうちも自殺考えたことがあってね。マインドフルネスに救われたんだよね。だから友達から電話がきたときはめちゃ興奮した。同じように悩む人をその前に助けられるかもって!

僕:うん。やろう

僕は決まってこういう話にはやりなよとか頑張れではなくレッツ形で結論付ける。協力できることは率先して協力したがるタイプだ。

この話が終わるとあとはいつも通り結婚のことだとかなんだとかどうでもいい話をし出してその日は終わった。

ふゆさんの裏

翌日、どうも連日メンタル系の会話をしたのが珍しかったこともあり、Facebookにまとめて投稿してみた。するとインドでお世話になっているふゆさんがいつも通りの超ハイテンションでコメントをしてくれた。全員が見えるところでコメントせず直接連絡くれればいいのにと思ったりはするが、別にどっちでもいい。ご無沙汰していたこともあり、オンライン飲みでもしようという話になった。

ふゆさん:うわーめっちゃ久しぶりじゃん!!!!!!!!!髪伸びたね!!!!!!

僕:お久しぶりです!

テンションを合わせにいこうとするが失敗

僕:いや昨日切りましたよ

ふゆさん:そうなの!!!(がはははは)まぁいいや。元気してたぁ~~~???

僕:はい!元気ですよ!ふゆさんはどうですか?

ふゆさん:元気に決まってるじゃん。元気ないときないから

僕:そうすね。てかFacebookのコメントありがとうございます!

早々に良くわからない発言を避けて本題に入った。そうでもしないと本題まで三十分はいつもかかる。誰がどうしたとかあの子がどうだとかという話になる。

ふゆさん:いやいや。やっぱ面白いね~あたまの中。実は私も昔は自信無かったし、自殺考えたことあるし、逆に今はめっちゃ相談受けるんだよねー。迷える女子たちから

僕:そうなんですね

元気で強く見える人は決まって弱さを抱えているという相場は決まっている。ライオンの目を見ればわかるがとてもさみしそうな目をしている。強そうな人ほど繊細で弱い。というのが僕の持論だ。ここでドイツの高名な誰かがこんなこと言っていたとでも言えればいいのだろうが、記憶力が大変に弱い僕にはそんな名前は出てこない。

ふゆさん:そそ。でもね。私は結構考え方違うなーと思って。コメントしたんだよね

僕:おお!それめっちゃ聞きたいっす!!最近メンタルの話すること多くて、かつちょいちょい自信がないって相談受けるんですよね。そんなときに自分の体験以外の引き出しもあればその悩みをもっと解消するお手伝いができるかもって思ってるんです

ふゆさん:めっちゃいいね。ほんと子育て方法親御さんに相談したいよ。どうやったらこんないい子育てられるのか

僕:それめっちゃ言われます(笑)

ふゆさん:いやでもほんとよ。そんなすぐに他人のためにってなんないよ

僕:ありがとうございます。ふゆさんのコメントの価値観の違いってめっちゃ参考になりそうだなと思いましたし、何よりも聞いてみたいです!

脱線を防ぐべく本筋へ戻しにかかる。

ふゆさん:そっかそっか。私はねぇ、もう辞めたの。なんか深く考えることを。とにかく。シンプルに。自然と一緒に生きていく。それだけにしようと思ったの。あとは楽しそうなことだけする

僕:いいですね。めちゃいいです

ふゆさん:全然だよー。他人のためとか全く考えてないもん!とにかくシンプルに生きる。これだけよ

僕:その姿を見てなんか「こういう選択肢もあるんだ」って思って楽になったり元気になったりする人がいそうです

ふゆさん:そうかもね~。でもね。それも別に気にしてないんだよね。Facebookでコメントしたのもただ面白い考え方してるなーと思ったからしただけなんだよね。それぐらい単純よ(がはははは)

この笑い方は心底シンプルだ。アニメかと思う。

僕:いやーいいですね。なんかいいですねしか言うことないっすけど。いいですね。そう考えるというか自分の人生を決めるまでにすごいこうなんというか、もろもろありそうですね

ふゆさん:そうね~。とくに若さっていうのは自分に対して期待があるからね

僕:期待。そうですね。期待するから怒るし失望しますしね

ふゆさん:そうね

僕:ありがとうございます

ここで電話を切ろうとするがプラス一時間のそういえば・・さん知ってる?タイムが始まった。その時間を一通り楽しみ、この日は気が付いたら零時を過ぎていた。

なつちゃんの告白

ふゆさんと話し終わった次の日の夜、成果が出たお祝いにとご飯に誘った会社の後輩であるなつちゃんが「先輩ってなんでそんなに自信持ってるんですか?」と突然聞いてきた。僕は正直このタイミングの良さに驚いた。今はどちらも日本に帰国しているが、彼女もインド就職をして僕の会社に入った後輩だ。見た目だけキラキラ女子で中身は超泥臭く、努力家で真面目で悩みがちだが考えがしっかりしている人だ。物覚えが良く、とても良い後輩。コロナが落ち着き、半年ぶりにようやく二人でご飯にいけた。

僕:いや、どうしたんだよ突然

なぜか後輩と接するときの会話がお笑い芸人のそれっぽくなってしまう。

なつちゃん:そうですよね。すみません

僕:はぁ?あやまんなし

こういうやりとりは腐るほどやってきた。

なつちゃん:いや先輩っていつもめっちゃ元気だし何よりも変な意味じゃなくて自信持ってるなと思ってて

僕:そうだね~。自信は持ってるよ。無くす理由ないし

なんかちょっとカッコつけてしまうのは異性の後輩を持ったものの性なのだろう。

なつちゃん:ずっとそうなんですか?

僕:いや、そんなことないよ。ある日決めたんだよね。無くす理由がない自信は持っておこうって

なつちゃん:なんかきっかけがあったんですか?

僕:んー特にはないんだけどね。結構大学生の時は自殺したかったし悩んでたんだよね

なつちゃん:え?そうなんですか?でも東大じゃないですか

僕:東大、まあそうだね。ただ逆に青天井だから自分よりめちゃめちゃすごい人めちゃいるんだよね。一日十三時間二年間勉強して入学した後また落ちこぼれからスタートする感じ。しかも顔も良い頭も良い、高校時代インターハイ出場してました見たいな。親医者、官僚、社長、役員みたいな。どのセグメントでも勝てない人がうようよいたんだよね

なつちゃん:それは。そうですよね。一番ってそういうことですよね。やばいですね。でも入れるだけで相当ですけどね

僕;死ぬほど努力すればだれでも入れるよ

なつちゃん:努力できないですよ。そんなに。十三時間って

僕:まぁ目的意識がかなり強かったから頑張れたかなー

なつちゃん:いいですね。昔っからそうなんですね。でもそれで自信無くしたのに今はそういう人たちよりすごいから自信もてるようになっていったんですか?

僕:いやいや。全然だよ。今だって友達は超大手企業とか官僚でバリバリ活躍して給与も一千万円なんて普通に越えてるし、知識も行動も細かくセグメントしていって比較していけばほぼかなわないと思う

なつちゃん:そんなことないですよ~

こういう反応はキラキラ女子っぽくて面倒だなと感じてしまうので次の話しへ進める。

僕:いやいや。ただ単に自分と向き合うようになったんだよね。自信が無くて落ち込んでいた時、とにかく悩んだ。ひきこもる日々もあったり酒におぼれる日々もあったけど自分の悩みにぶつかり続けたんだよね。そしたらある日突然自信を持てるようになった

なつちゃん:うんうん。なんでですか?

相槌を打つことにかけては一流で、営業として対人スキルではまるで勝てないなと思う。

僕:ある日突然、何かきっかけがあったわけじゃなくて「自信を無くす理由」がなくなったんだよね。そんで、「無くす理由がないなら持っておけばいいか」と思って

なつちゃん:なんですかそれwww

なつちゃんはLINEでやたらwを打つ。多いときは十三個ぐらいついている。

僕:意味わかんないよね。ただ俺って家族もすごい暖かくて、浪人させてもらえるぐらいのお金もあって、日本にいる以上客観的にはほぼ制約がないなと思ってるんだけど

なつちゃん:それはたしかにそうかも

僕:だからそこでとある能力が劣っているって感じる原因って全部自分の努力不足だなって思ったんだよね

なつちゃん:超ストイックっすね

僕:なんか客観的にふっと思ったんだよね。そしたら「悩む」が「考える」に変わった

なつちゃん:どういうことですか?それ

僕:悩むと考えるって似ているけど全然違くて、悩むってのは悶々と答えのないことに論理だてずに想いを馳せることかなって捉えてて、考えるってのはある問題を設定してそれに対して解き方を順序だてて組み立てることって捉えてる

なつちゃん:うわ。確かに言われてみたらそうですね。悩んでる時って後から振り返るとなんであんなことで悩んでたんだろって今思えばすぐ答え見つけられただろって思うことあります。それができない状態が悩んでいるってことなんですね

僕:そそ

この理解力の高さが採用の一つの理由だ。話が早い。

僕:そんで考えてみれば他の人と比べて劣っている能力って自分がものすごい努力すれば別に追いつけるなと思ったら自信を取り戻せたんだよね。もちろん追い付かなくていいやって思うこともたくさんあったのは良かったかな。これは別にいいやって思えたのも

なつちゃん:そうなんですか。先輩って完璧主義っぽいですけどね

僕:そうかもね。一通り必要そうなことはやるようにしてるから。まぁ知識は広く浅い感じだよ

なつちゃん:私はそんな風に、なんでしょう努力をすればどうにでもなるっ!みたいに思えないかもな。努力することも才能な気がするんですよね。それをできる人って限られてる気がします

僕:んーどうだろなー。俺も目的がなければずっとバックパッカーしてたいしだらだらしたい

なつちゃん:それは先輩らしいっす

僕は何とも言えない気持ちでビールを頼む。ちなみに今日はもう四杯目。僕はいつも人と飲むときはごくごくお酒を飲み、家に帰った瞬間に酔いが一気にくるという飲み方をするタイプの人間だ。

僕:それけなしてんの(笑)?

なつちゃん:いやいや。なんかいろいろ考えて今の仕事やっているんでしょうけどそうじゃなきゃ仙人みたいな生活してそうだなーと思ってました

僕:そうだね。てかなんでなつちゃんはなんで自信について聞いてきたの?

なつちゃん:実は私は別に自信無いわけじゃないんです。でも私の自信って、自信を持たなくていいかなって思う部分があるからなんです

僕:ん???どういうこと?

なつちゃん:私、仕事してても私生活でも他人に勝てることとか、これだけはっみたいなの無くって、就活の時に適当に作ったんですよね。今だから言いますけど

僕:まぁ比較したら上はいくらでもいるもんね

話の先が見えないが、とりあえずビールを追加する。

なつちゃん:そうなんですよね。だからといって先輩みたいに努力すればなんとでもなるとも思えなかったりして、それで、この分野は諦めようという分野を決めたんですよ

僕:なるほど。得意に感じたり面白く感じたりすることに集中できそう!

なつちゃん:そうです!流石先輩ですね。そう。だから私はここは諦めよう。自信を持てないってある意味決めることで逆に自信を持ててるような気がします

僕:なるほどねー。全然頭になかったけどめっちゃ面白い。確かに仕事だって全部自分でやらなくても得意な人とチーム組んで仕事進めていければそれでクライアントにとっていい仕事ができるし

なつちゃん:そうですよね。あ~なんか先輩に分かってもらえて安心しました。自信無い人嫌いそうだからなんか言いにくかったんですよね

僕:スミマセン(笑)

なつちゃん:あ、いや、なんかすみません。でもよかったです。実は私、自殺しようか迷ってたんですよ最近

僕:そうなんだ

 急な告白だ。

なつちゃん:はい。こんなこと言うのもなんですが、なんかコロナになって何も前向きに考えられないし、いまの会社潰れたら何もできないなって思っちゃったんです

僕:そうか~。今きついよね

なつちゃん:はい。なかなか前向きになれなくて、なんか癒し音楽とか運動とかしてみたんですけどどれもめんどくさく感じてきつかったんですよ

ちょっとなつちゃんの目が涙ぐんでいる。

僕:そうだったんだね

なつちゃん:はい。で、なんかふと思ったのが、できないもんはしょうがない。休もうって思って実はちょっとサボってたんですよ

僕:あ、俺もめちゃサボってるよ(笑)一日三時間労働×週四日が一番いいと思ってる(笑)

なつちゃんなんですかそれ。社長に言いますよ(笑)

僕:たぶん気づいてるよ(笑)

なつちゃん:いやそれ休んでゆっくりしてたら、なんかちょっとずつやる気出てきて。それで今は別に自信を持てない部分があってもいいって思ったらすごく落ち着いてます

僕:よかった~。てか悩んだら電話でもLINEでもメールでもFacebookでも超音波でもいいから相談してね

なつちゃん:(笑)じゃあ超音波で出すんで察してください

僕:おっけー

こうなんか重たい話の後はだいたい軽くふわっとしてしまう。

その後七杯目のビールを頼もうとしたときに僕は最後のいっぱいねといいながら頼み、来たビールをすぐに飲みほした。

なつちゃん:今日は私が払いますから

僕:なに?そんなわけにはいきませんよ

なつちゃん:いえいえ。話聞いてもらったので

僕:いや、どっちかというと俺の方が話したでしょ(笑)

会計を呼び、速攻でデビットカードを渡した。

なつちゃん:えぇー。じゃあこれ

そう言ってなつちゃんは五千ルピーを渡してきた。

僕:いやそんな高くないから(笑)

そう言って僕は六千ルピー返した。そんなバカなやりとりを三回繰り返したあと、なつちゃんは後味悪そうに

なつちゃん:ごちそうさまでした。ありがとうございます

と言った。そして二人はそれぞれの家へと帰った。帰るまでのタクシーで僕はとても不安になり、せめて今日なつちゃんが寝るまで当たり障りのない連絡を入れておこうとなんとなくそう思った。僕の不気味な不安は見事に外れ、なつちゃんは三通目を返したあと、寝たらしい。

僕の悩み

登場人物

「僕」

第一幕同様の人。健一さんを尊敬し、Kさんとは親友。

「健一さん」

僕の二社目である日本のサービス業時代の会社の先輩。部署は異なり、仕事で絡むことは無かったが、会社のイベント毎には積極的に参加する性質で、スポーツイベントで一緒になり、その後お世話になっている。退職した今でも定期的に連絡をくれる方で、インドの我が家にも遊びに来たことがあるぐらいフランクな付き合いをしてくださる。会社では誰もが尊敬するぐらい実績を出しており、四十歳にして海外営業部の部長を務めている。自転車とランニングが趣味で東京マラソンは二時間三十分で完走した人。仕事が忙しいはずだが家族愛も深く、よくおしゃれなレストランで家族四人の写真をアップロードしている。

「Kさん」

 コーチングをしている三十五歳のお兄ちゃん。一見チャラそうだが僕とは友人の紹介で出会っている。僕のことを「面白いから」という理由でコーチングを無料で施してくれている。昨年十月に実家の京都に戻り、活動している。とても明るく、いつ会っても「いぇーい」といって満面の笑みを振りまくいわゆる陽キャ。

健一さんへの相談

僕には一年に二、三度連絡を取る人がいる。健一さんとKさんだ。健一さんはかつての会社の先輩で、仕事上の絡みこそなかったが、会社のイベント毎にはだいたい出席している方で、僕も同様なタイプであるためそこで仲良くなり、親しくしてくれている。ちなみに健一さんも僕も英語でふざけてやりとりすることが多く、そんな時にはいつも友達として接してくれる。僕はコロナの状況になり、インドから日本へ一時帰国したのを機に久しぶりに健一さんに連絡してみた。そしたらたまたま健一さんが僕の実家である熊本に出張で来るということで会うことになった。

僕:お久しぶりです!!!

 心から会えることが嬉しい人が少ない僕にとって、健一さんは会うだけでテンションが上がる貴重な友人だ。

健一さん:おお~久しぶり久しぶり~。元気?

僕:はい!元気です。健一さんもお元気そうですね!

健一さん:元気だよ~。俺元気じゃないときないから

 こういう英語話者のノリみたいなやりとりから始まる。年齢差を気にせず接することができて僕はとても嬉しく感じる。

僕:いつ熊本きたんですか?

健一さん:昨日だよ、明日帰るけど

僕:え?そうなんですか?めっちゃタイミングよく連絡して良かったです

健一さん:驚いたよ。熊本って言ってからまさかとは思ったけど。インドに居ると思ってた

僕:今はVISAを取りに日本に戻ってきたらコロナの影響でインドに帰国できなくなってしまいまして

健一さん:帰国って(笑)

僕:あ、もうそんな感覚なんです(笑)

健一さん:どっぷり浸かってるね~。いやーインド面白いもんね。この前食ったカレーめちゃくちゃ旨かったし

僕:懐かしいですね。あのホテルの料理、何食べてもうまいっすよね

健一さん:うん。あれは良かった

僕:あの時年末で、今年の成果聞かれてお伝えしたときの言葉響いてますよ~

健一さん:え?俺何か言ったっけ?(笑)

僕:僕が予算達成率九十九%って言ったら「詰めが甘いなー」って

健一さん:あれ?そんなこと言ったっけ?部下でもないのに(笑)

僕:あ、でもめちゃありがたかったです。僕も百%が当たり前と思っているのですが、他の会社の人が五十%とかばかりなのでもう九十九%で、しかも僕が一番目標高かったので褒められることしかなかったんです

健一さん:まぁそうならそうなっちゃうよねー。てか五十%てやばくない?コロナ後ならわかるけど

僕:やばいです。僕としては最後あと一件をどうするかで頭ひねって動いていたのでなんかギャップを感じました

健一さん:いやーそれはつらいな。うちくる?

健一さんから言われて健一さんの部下として動けるならこの軽い誘いに本気で「はい」と答えたくなってしまう。

僕:ありがとうございます。インド拠点ならぜひ!(笑)

インド拠点での日本人採用などなく、かつ健一さんにそんな権限ないことはよく分かっている。

健一さん:ははは(笑)好きだねー。奥さんはどうしてる?

僕:元気にしてますよ。インドの方が好きみたいで。日本にいるときより二人とも元気です(笑)

健一さん:それはすごい。俺はインド住めないなー。飛び回ってたいし

僕:それも羨ましいす。そういえば一つ悩んでいることがあって

健一さん:珍しいね。君ほどの人間が悩むなんて

決して嫌味に聞こえないのが不思議だ。健一さんは結構本気で僕を認めてくれている。

僕:正直あまり相談できる人がいないのですが、自信持てないんですよね。僕

健一さん:え?そうなの?そんな風には見えないけどなー。なんでもできそう

僕:ありがとうございます。よくいろんな人にそう言っていただけるのですが、僕自身としてはまだまだだなーとよく思っているんですよ

健一さん:まだまだと思うことはすごい大事なことだと思うよ

僕:ありがとうございます。僕も頑張る理由とか動機になるので基本的には良いと思ってるんですけど、それが普通に「あ、できないな」って思うことがあるんです

健一さん:そうか。なるほど

健一さんに何か相談するとだいたいすべてを察したかのように声色を変えて何か意見を言ってくれる。かつて海外異動に関して相談していた時もまとめ方というか返答がとても速かった。

健一さん:まぁ基本的には何かを変えなくてもいいと思うよ。ただ、賢いからもうやってるかもしれないけど、

僕:いえいえ

健一さん:まずは何ができないのか、何があればできるのかを想い描くことかなと。それを客観的かつできれば数値で表してみるといいよ

僕:その間を埋めるための方法を探せばできるようになりますね!

健一さん:流石。その通りかなと

僕:そうですよね。まずは書き出してみます

健一さん:そうだね。後は結構そういうの考えていると何も出てこないとか他のこと考えちゃうとかあると思うんだけど

僕:ありますあります

健一さん:そういう時は散歩でもしてみて

僕:はい!確かに。考えている状態と悩んでいる状態って違いますよね

健一さん:どういうこと?

僕:考えているっていうのはある課題に対して仮説を立ててそれに対する解法を組み立てる作業だと思っているんです。いわゆる論理的に考えるみたいなことかなと

健一さん:なるほど。で、悩むっていうのは?

健一さんはいつもシンプルでバシッと質問してくれる。その上プレッシャーを感じないのですごく気持ちが良いコミュニケーションが取れる。尊敬ポイントだ。

僕:悩んでいる状態ってのはもはや行為というより状態だと思っていて、考えているは考える行為をしている状態ですが、悩んでいる状態というのは悩むという行為でなく、いつの間にかそうなっちゃってて、決して論理的ではなく、悶々と思い付くままに頭が動いている状態の様なイメージです

健一さん:面白い。やっぱりウチくる?

僕:ありがとうございます(笑)健一さんと働いてみたいです

健一さん:厳しいぞー俺は

僕:望むところです。(笑)

健一さん:そういえばまだトライアスロンやってるの?

 そんなこんなで後は仲良くなったきっかけであるスポーツの話を三十分ほどした。健一さんの仕事は結構現場にいかないと厳しいのでコロナの状況を観つつも国内・外行けるところに行き来している。結構なストイックさを持つ方だが、ビールが好きで家族を愛する姿は良いお父さんという感じもある。僕が共通して尊敬している人は年齢や経験や知識に関わらず面白い、すごいと思ったらその人に面と向かって無邪気にすごいと言える人だったりする。僕はそんな健一さんみたいになりたいと密かに思っている。

Kさんの今昔

 僕は健一さんと相談した後、客観的に僕の「できないこと」「できるようにならないといけないこと」を書きだし、その溝を埋める方法を書きだし、スケジュールもみっちり決めて、まるで学校の時間割表の様なものも作成した。そしてその方法を実践した。ところが、まぁよくある話なのだが、三日後にはその時間割表はどこかへ消え、どうもしっくりこない生活を送っていた。そんな時、やはりこのままではいけないと考え、かつて無料でコーチングをしてくれていたKさんに連絡をしようと思った。今度は月にいくらか払ってコーチングをお願いしようと思ったのだ。メッセージを送ると、一週間後に返信が返ってきた。いつも通りの超ハイテンションで絵文字や顔文字たっぷりで帰ってきた。まぁとりあえずオンラインミーティングしようと送った。しかしどうも返信がこない。前回も一週間後だったし、まぁ忙しいのだろうと思っていた。ちなみにKさんから四年前にコーチングを受けていた時はこんな感じだった。初めて会ったのは渋谷のサンマルクカフェだ。

僕:初めまして

Kさん:初めまして!Kです!!!

 僕はうさんくさいなこの人と思ったのを覚えている。

僕:よろしくお願いいたします

Kさん:よろしくお願いします。お時間ありがとうございます!!とりあえず飲み物買ってきましょうか

僕:そうですね

 その後、二人ともブラックコーヒー頼み、席へ。

Kさん:いやぁ。やっぱコーヒーはブラックですよね~

 僕はちょっと嫌になってきた。がまぁ得意の人当りの良さを使ってやり過ごし、とりあえずコーチングとは何か、今日はどういう感じなのかの説明を聞き、彼が僕の情報を他人に口外しない旨が書かれている書類にサインするよう求められたので応じた。

Kさん:結局コーチングってコーチって名前付いてますけど、いわゆる野球のコーチとかみたいに何かを教えるわけじゃないんですと

僕:なるほど

Kさん:何か悩みとか逆にもっとこうなりたいみたいなのを聞いてそのサポートをするみたいなイメージですね

僕:心理カウンセラーの元気な人向けサポートみたいなイメージですかね?

 僕は初対面の人に対してとても礼儀正しく、言葉遣いが良い。

Kさん:そうそう!

Kさんは最初からちょいちょいタメ語だ。しかしコーチングしている人だからなのか、何一つ嫌味がない

Kさん:やっぱり賢いですね!!

 やっぱり?と思ったがとりあえずスルーした。

Kさん:何かなんでもいいのでもっとこうなりたいとか困っていることとかありますか?

僕:んーそうですね。とりあえず僕のこと話ますね

Kさん:ありがとうございます!!!

 僕はそれまでの経歴を一通り話した。

Kさん:うっそ東大?東大の人と初めてしゃべったよー

僕;いやいや昔の話ですから

Kさん:いや本当すごいですね

僕:ありがとうございます

 僕は謙遜してもずっと謙遜合戦となるので早めにお礼を言っておくようにしている。

僕:それで悩みというかこうなりたいみたいなのが二つありまして

Kさん:うんうん

 初対面の僕に本当に関心が全身で向いているように感じ、この時点で僕は結構信頼した。僕は騙されやすい人間なんだろう。

僕:一つは先輩との関係っすね。悩んでいる訳ではないんですけど、結構会話が上手くできないなと感じるんです

Kさん:うんうん。どういう先輩?

 もうお互いだいぶ崩れた口調だ。この速攻で人間関係を構築する力は見事なものだ。

僕:超フランクで、ラテンアメリカにいそうな感じの人なんすよ。いっつも出合い頭に小ボケだかなんだか分からないことを言ってくる

Kさん:何それ?おもろいですね

僕:そうなんですよ。ただそこで僕はあまり気の利いたおもろいこと返せないんですよ

Kさん:どんな感じで反応するんですか?

 即断で「そんなの反応しなくてよい」「適当に流せば」というような結論を言わないあたりは流石だ。

僕:いやなんか普通に、「うっす」とかそんな感じになっちゃいます

Kさん:そうなんですね。本当はどんな感じで切り返したいとかあります?

僕:やっぱ面白い返ししたいですね

Kさん:めちゃストイックですね。何にでもストイックですね(笑)そしたら関西出身の俺に任せてよ

僕:ありがとうございます(笑)

 任せる?と心の中でつっこんだ。やはりあまり面白い返しはできそうにない。

Kさん:とりあえず初歩としては、なんでもいいからめっちゃ元気に声出して言うみたいなんいいよ

僕:どんな感じすか?

Kさん:こうなんか言われたとき、それがプラスの内容だったらとりあえずめちゃ礼儀正しい軍隊みたいな感じで「ありがとうございます!!!」びしっみたいな

 Kさんんはカフェで立ち上がって元気よく敬礼した。

僕:なるほど。今度やってみます

 バカにしている訳ではなく結構簡単でこれはちょっと意表突けるし別にその先輩ならバカにしてるとは思わせないかなと思った。

Kさん:ぜひぜひー(笑)

 Kさんはめちゃめちゃ楽しそうに笑っている。僕もなんだか気分が楽しくなってきた。

Kさん:でもう一つは?どんなことなんですか?

僕:あーめっちゃ小さいすけどめっちゃ悩んでで

Kさん:うんうん

僕:朝起きたいんです。しかも五時半とかに

Kさん:はっや!なんで???

僕:とにかくやりたいことが多すぎで、時間が足りないんですよね。なんかあれもこれも結構やりたくてどれも半端にしたくなくて

Kさん:やばいっすね。めちゃ面白いじゃないですか。やりましょうよ

僕:そうなんですよ。ただその時間を創れてないんです

Kさん:今って何時に起きてるんですか?

僕:七時半です

Kさん:二時間早めないといけないすね

僕:そうです

 Kさんは否定を一切せずにもう実現に向けてどうするかという思考で進めている。

Kさん:どうしたらできると思います?

僕:んー。難しいす。寝たいので(笑)ただなんか思うのは、一人では無理っぽいなとは思ってます

Kさん:そうだよね。もう何回かいろんな方法で試してそうだし

僕:そうですね。いわゆる睡眠改善とかはいろいろ試してみました

Kさん:それでも難しいんですね

僕:そうですね。それで、いま話ながら思いついたんですが

Kさん:うんうん!!

 Kさんはとても嬉しそうに目を輝かせている。

僕:誰かと約束をするっている方法があるかなと

Kさん:いいじゃん!やろうよ

僕:え?

Kさん:いやいや。やりましょうよ!

僕:え?Kさんとってことですか?でも流石にKさんを五時半起きに巻き込むのはちょっとためらいます

Kさん:いいよいいよ。どうせ起きんから(笑)

 Kさんはめちゃくちゃ笑っている。僕は何を言っているのか分からないという感じだ。

Kさん:ごめんごめん。だから朝起きたらメッセージでスタンプか何か送ってよ。なんでもいから。そんれで俺が起きた時間にチェックするよ!!ちゃんとやってっかなーって

僕:なるほど。いいですね。それでいいなら何もこう失うものないというか労力なく始められそうです(笑)

Kさん:せやろ

 突然の関西弁だ。

僕:そしたらこうします!五時半に起きたらスタンプ送って、起きれなかったら起きた時間に点送ります

Kさん:点???

僕:句読点の点です(笑)

Kさん:何それめっちゃおもろいやん。朝起きて点だけきてたら笑ってまうわ

僕:Kさんにも楽しめてもらえるなら幸いです

 そんなこんなで結論が出てお互い次の予定があったのでサンマルクカフェを出て別れた。その翌日から僕はスタンプと点を送る日々を繰り返した。結構順調で、七割ぐらいは起きれるようになり、そうでない日も以前より早く起きて活動できるようになった。これはありがたい。ところが続けていたある日僕は体調を壊し、四十度近い熱が出た。やはりちょっと無理があったのかと思い、早く起きれるようにはなったからお礼を伝え、スタンプと句読点送付をやめた。その後Kさんとは何度か一緒に飲み、とある学びの場を開催するなどものすごく仲良くなった。そんなある日、彼になぜコーチングをやろうと決めたのかを聞いた。

Kさん:俺正直めっちゃコミュニケーションに自信無くて、仕事もずっとフリーターだったのよ

僕:そうなの?

 もう二人ともタメ語だ。

Kさん:うん。せやねん。でね。俺も全く知らん人だったんだけど、友達に紹介されてコーチングやってる人に会ったのよ

僕:うんうん

Kさん:それがめちゃめちゃ良くて。こんな感じでいろんな人と話していろんな世界を知れるようになってめっちゃ楽しいねん。こうやって二人で飲める友達もできたし

僕:うん

Kさん:で。俺も昔の俺みたいなやつおったらコーチングを通して世界はめっちゃ楽しいぞーって教えてやりたいねん。そんで前向きに生きてくれればめちゃハッピーだわって

僕:そうなんだね。めちゃいいじゃん!ぜひこれからもやってってよ!!

Kさん:ありがとう。なんかお誰かのためになろうとしている人って意外といないからで会えてうれしいよ

僕:うん。俺はそれだけが生きる理由だから

Kさん:せやな。言ってたな

 僕とKさんは月に一度ぐらい飲みに行き、たわいない話やこういった真面目な話をしてお互いを鼓舞しあっていた。しかしとある日、僕がインドにいく半年ぐらい前だったと思うけど、Kさんに連絡したらKさんから実家に帰ったと連絡がきた。そして時間は戻るが、いまこうして連絡を取ろうとしているがオンラインミーティングの誘いをしてから返信がきていない。少し心配になってKさんと共通の友人に近況を聞いてみた。するとその人は突然涙声になり、ただ、

「Kは死んだよ。自殺」

といった。僕は訳が分からなくなり、そっか。と言って電話を切ってしまった。その後落ち着いてその共通の友人と話したのだが、どうもコーチングとして生計を立てるのが厳しくなり、親に頼るわけにもいかずに亡くなってしまったらしい。

他人のために生きようとしたKさんは亡くなってしまった。

目の前の一人を助けようとする活動は経済的に認められることが大変少ないようだ。僕はそんなことを大学生の頃から想っていたが、それが少し実感に変わった。そこからいろんな疑問が湧いてきた。なぜボランティアは無料なのだろう。SDGsが叫ばれる今、なぜ最前線で活躍する規模の小さな活動にお金が回らずに、またそれを価値として認めることができずに共倒れを見守ってしまうのだろう。賢い人は政府やなんやらのお金をうまく活用できているが、みんながみんなそのような情報をうまくとって活用できているわけではない。

それは活動している個人の問題なのだろうか、それともNGOの様な団体の問題なのだろうか、国際機関の問題なのだろうか、国の問題なのだろうか。

僕について

僕は自信がある。人生において自分ぐらいは信じてやれよと思うと同時に、自信を無くす理由がない。何かうまくいかないとすべて努力不足に起因させるので、自分はダメだと思った一秒後に自分は努力次第でどうにでもなれると無双状態になる。そんな僕はいつも元気に見えるのでうらやましいと思う人も多く、よく「なんでそんなに自信があるんですか?」と聞かれ、「私は自信がないんですよー」と相談を受ける。そんな時に「努力不足じゃね?」と言い放つことは心苦しいので一通り話を聞いた後、「無くす理由がない自信なら持つようにしている」とか「自分の好きなところ探す」というようなアドバイスをしているが、「そんなのができたらやっているのだが」というように思われてしまうことも少なくないように感じている。

僕は普段から機会が平等な世界、とりわけ情報や公衆衛生、最低限の食料という観点から死なずに夢を目指せる平等さというものを大事にしている。

日本では私の知る限りは努力すれば結構どうにかなりがちだ。もちろん全員ではない。

ただ、インドではそんなことはない。数字の羅列で示しても良いが、僕はその様な政治的運動はとても嫌いだ。

誰かを説得するために恣意的に集めた数字など、分かりやすい記号という抽象化で誤魔化しているだけの様に思えてならない。

僕はインドの小さな村でフリースクールをしている。とても小さく、七十世帯ぐらいしかおらずスマートフォンを持っている人は数える程度だ。電気も十分でなく、井戸水を汲み上げて飲み水を確保しており、ほとんどの人がカースト外の身分でテレビも洗濯機もラジオもパソコンもない。定期的な収入を得ることのできる手段もない。その日暮らしだ。

僕はそこで、まだ目を輝かせて勉強したいと言い、医者や警察や先生になりたいという子供に機会を与えたいと思って活動をしている。ただ、この活動のための資金は慈善活動的な寄付のみだ。他には何もない。

僕は東京大学で哲学を修めたのだが、その後有名企業に勤めて友人たちの様に三十歳で一千万円の年収をもらうような器用さがない。その結果、今も年収は三百万円だ。インドで生活する上では十分過ぎる額だが、このお金でフリースクールを経営できるかというと厳しい。

コロナがおとずれ、インドは都市封鎖、ロックダウンを実施し、それによって失業者が溢れた。その多くは出稼ぎ労働者で、大都市に来ていたのだか、農村部に帰っていった。帰るまでの道のりは三百キロをゆうに越えるのだが、徒歩だ。電車に乗るにもお金がかかる。荷物を持って帰る途中、何人もの人間が命を落とした。落としている。今この瞬間も。

無事に帰れたとしてもその実家には貯金はなく、村には仕事はなく、政府からの支援は届かないか微々たるものだ。フリースクールはコロナが怖いのでと開校できない。積み上げてきた全てが止まったように僕は感じていた。

だけれども、その様な状況を想定して、同じ日本人の方中心に僕は寄付を募った。百五十万円を超える金額が集まり、フリースクール仲間のインド人に託して食料とお金を届けてもらった。幸いその村では誰も死んでいない。

僕はとても頭が痛くなった。涙が毎日止まらなかった。なんで良い企業に入って安定した高収入を得ていなかったのだろうか。そのお金があればすぐに、一秒と悩まずに支援をできたし、より多くの人に届けられたはずだ。日本には僕より歳が若くてとある村に一億円の寄付をした方もいる。とても尊敬している。僕は自分が成功を恐れていたことを恥じ、また悔やんだ。成功、つまり地位や権力やお金なんかを手にしてしまうと人間が狂ってしまうのではないか、狂わないでいられる自信が無い。僕は聖人君子ではなく、平等ではないことがとても嫌だから平等にしたいというただのワガママな個人だったのだ。

その後の僕 あとがきに代えて

これはヒトから聞いた話なのだが、その後僕は連絡が取れなくなってしまったらしい。

近しい、それこそ兄弟の様に仲が良かったヒトの話だと、彼のその後はこうだ。

彼はコロナ感染者が世界で五十億人になり、重症化する人は一千万人に一人、死者は稀に出る程度という状況の中で、採用活動を開始した日本の大手企業へ転職活動をした。

彼は当然英語もでき、インドでマネージメント経験もあったことを買われて大手商社から駐在員前提の内定を得たという。しかし彼はどうやらその内定、手当てを含めると年収計算で千五百万円を超えるオファーを断ったと聞いた。

その後、インド行きのVISAを取り、片道航空券を取って一人、旅立ったと聞く。普段はツイッターやFacebook、インスタグラムなどを駆使して状況を発信していた彼の投稿を見にいってみた。Facebookの二〇二一年二月十九日の投稿が最後だ。

そこにはこんな内容が書かれていた。

「コロナというウイルスに対してはなにも感情はないです。その現実に対してどう向き合うかが全てだと思います。僕はその向き合い方を、今この瞬間に正しいと思える行動を取ろうとしてきました。その結果村への寄付をしたり、今まで寄付を考えもしなかった人へ寄付を与えるという観念を持ってもらえたりしました。ある友人からは想いを形にする場を創ってくれてありがとうととても嬉しい言葉を貰えました。村の役場の長から感謝の言葉をもらい、寄付してくれた方からも寄付をする機会を作ったことに対しての御礼の言葉をもらいました。僕はその瞬間にすごく違和感を覚えました。なぜ僕のわがままで救いたい命を救う活動が感謝に繋がるのか、そんな活動は今までも山ほどありなぜそれらの活動は多くの人の目に、耳に届かずに資金不足で立ち消えていったのか。なぜガイジンである僕が地球市民代表の様な感覚を持って行動したのか。なぜ多くの支援団体はコロナが流行り出した時に何も行動せずに、コロナだから支援できないと諦めることができたのか。マスクと消毒液を食べ物がない人になぜ与えるのか。僕には分からない。僕は自信があります。それは努力をすれば今ダメな自分でもどうにでもなれる。何でも出来ると考えているからです。でも少しだけ疲れました。僕は僕のワガママのために努力することはできないみたいです。無理やりにでも誰かのためというお題目が必要みたいです。そのためには無理やりにでも誰かを可哀想な環境にあるとレッテル付けなければいけません。僕は疲れました。レッテルを貼り誰かに主張し、支持を得て活動することに疲れました。自分の人生を全く楽しいとも思えず、幸せとも思えず、元気に生きることもできません。誰かにレッテルを貼り続ける人生は疲れました。誰かに対してすごく失礼だなと思い、疲れました。僕はお金も良い暮らしもいらないです。生きるための理由だけがあればそれでいいです。僕はそれを見つけるために本をたくさん読みました。答えはありません。有名な哲学者の書いた面白い本から何も面白味のない本も読み漁りました。どうやら文章として生きる理由は残せない様です。なので僕は探しに行きます。ありがとうございました。」

きっと彼はどこで何をしていてもそのありあまる感性や使命感を吐き出す場所が見つけられず、どこかを旅しているのだろう。

彼を知る一人の人間として、生きていて欲しいと願う。そしてできることなら、どれだけ逃げてもいいから笑って、生きていて欲しいと願う。

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