社会貢献をいつ始めるのか

学び続ける

インドの貧困地域にて教育活動と女性の自立支援という活動を、自身のビジネスの収益を活用しながら実施している。

その中で「まず自分が成功してから」「ビジネスで成功してから」「まずは自分の生活を」「まずは自分の幸せを」と言う言葉をいただく。

だから当たり前で当然のこととして放置される人間は放置されたまま生きているのだと思う。

貧困地域で暮らす人たちのことを考える間もなく「自分の人生、生活、幸せを追求する」時間が終わることがごく自然な人間の在り方でもあるだろう。

お金がないから、家族がいるから、時間がないから当たり前に無関心でいることができ、同じ人間であり同じ世界経済の中で生きている人間のことを忘れて生活をすることができる。

人身売買の被害に遭う人もいれば

未だにネズミしか食べていない人もいれば

病気したら死ぬしかない人もいれば

女性というだけで産まれても喜ばれず

7歳程度の教育を受ける機会も全くない人もいる

そのような人を放置しない方法は簡単で、まず自身の生活を優先するにせよ、できることから始めることは誰にだってできる。

分かりやすく月に3,000円の寄付をすることがそれほどまでに難しい経済状況である方はどれほどいるのだろうか。

それをできない理由は無関心による放置というものと同時にそれはどの様な生活水準を望むのか、どこまでの生活水準でよしとするのかを決めておらず「もっと、もっと」となるのが人間である。

周囲の方を幸せにしてから、自分を幸せにしてからというその幸せの基準は一体なんであるのか、それは他人のために自分ができることを実施することでも得られることではないだろうか。

親しい人間との人生というつかの間の時間における関係を大切にすること自体も当然大切であるのだが、異国の人間の状況を無関心でいることは二律背反では決してないのではないだろうか。

私たちの基礎活動は子供1人あたり月300INR程度で全く勉強をすることができない子供に勉強する機会を提供するというもの。

どこの家のどこの子供であろうと最低限、人に簡単に騙されず、夢や目標に向かって努力する機会ぐらいはある生活を送る権利ぐらいはあるべきであると考え、活動するものである。

支援、寄付、ボランティア、インターンなど以下より連絡いただけると幸甚である。

info@musubite.org

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